どこまでも青く。

世界一周後に一軒家を買い、妻とちくわとゆったり暮らす。楽しく子育てしよう。

幸せとはなんだろう。

幸せとはなんだろう。

 

こないだ難民支援のNPOで働いている友達と話をした。

 

「今貧しい人がいて、それを支援することが果たしてその人たちの幸せになるのかな?」

 

難しい問題だと思う。

 

違う日、友達の結婚式の二次会で、途上国を支援している友達と話をした。

 

中米から帰ってきて、今は大学院に通いながら仕事をしているらしい。

すごいな、と思った。

 

旅をしている頃、何度も何度も考えていたことを思い出す。

 

こういう話って、テレビでやっているのをみても正直ふーんって感じだし、実際に活動している友達の話を聞いても、そうなんだーぐらいの感じだと思う。

 

実際に現地で感じると、帰ってきて話してもどうしてこんなに伝わらないんだろう、みんな興味ないんだろう、と不思議でしょうがないんだけど、あ、そうか、やっぱり実際にみて聞いてみないとわからないのか。そりゃそうだよね。自分だってそうだったんだから。たまたま自分は行ってみて実際に感じれたから今はこう考えてるけど、行ってない人に感じろってのは難しいのか。そりゃそうか。と、時間が経っていくうちに理解する。

 

そして、日常の中でそういう話をすることはなくなり、少しずつ、少しずつ想いが薄れていく。

 

そのあとも想いが止まらなくて実際に行動できるのはすごいと思うし、それは実は行動できる環境にあるだけできっとすごく幸せなんだと思う。

突き詰めると、やっぱり日本で遠くから支援よりも現地で活動できる方が満足度は高いし、一度それを経験するとそれ以外の形は考えられなくなる。

 

支援する側にしても、別に貧しい人を救いたいのが一番じゃなくても、その周りの文化に興味があって結果として貧しい人も幸せになるならそれはきっと最高だ。

 

貧しい人たちにとって何が幸せなのだろう。

 

カンボジアであった貧しい人たち。

インドであったもっと貧しい人たち。

インドのカースト制は、カーストにも入れない人には「希望」がない。

怖い、と思った。

生きるために自分の娘の足を切る。物乞いでお金をもらうため。どんな気持ちだろう。考えるだけで涙が出る。

 

中東で、すぐ隣で紛争があって。街中には兵士が銃を持ってたくさんいて。

宗教が原因で起こっている戦争もあるのだと思うけど、宗教がなかったらここでまともな精神で暮らせるのだろうか。

 


Most Shocking Second a Day Video

 

 

こういう話を、なんか穿った目で見る人たちを見ると、日本は狭いな、と思う。渋谷でハロウィンで騒ぐ若者。ダサいなと思うし、世の中の、世界の不条理を感じずにはいられない。

 

人生って本当にどこまでも薄っぺらくも生きられるし、ものすごく深くも生きられるのだと思う。どちらが正しいとかはないけど、人としての奥深さ、人生の面白さをどれだけ味わえているのかは、人によってまさに天と地ほどの差があるのだろう。

 

自分が感じたことにちゃんとまっすぐに向き合って生きていけるのは、日本で言われている幸せなんかを追うより、よっぽど幸せだと思う。

 

個人的に支援したいなと思うのは、障害を持つ人たちのこと。

 

yonksy.hatenablog.com

 

何が出来るかはわからないけど、友人が活動しているのでこれからも応援したい。

自己満足でいいのだと思う。

 

 たまにはこういう話をする機会が欲しい。

 

こういう話ができる人たちに日本で出会えたのはとてもありがたいな、と思った。