どこまでも青く。

世界一周後に一軒家を買い、妻とちくわとゆったり暮らす。楽しく子育てしよう。

ブログをやってわかってきたこととおすすめ記事

ブログが1万PVを達成しました。

 

皆さん読んでくれて本当にありがとうございます。

いやたった1万かよと思う人もいると思うんですけど、自分の文が1万回も読まれてるなんてめちゃめちゃすごいと思うんです。

今までに読まれる為にやったことや、はてなブログをやったきて見えてきた事を書きます。

 

 

カスタマイズは大事

 

ブログのカスタマイズはやっぱり大事です。

伝えたいことがあって読んで欲しいことがあっても読みにくかったら伝わりません。

色々やったんですけど、結局ポジ熊さんのを参考にしています。

はてなブログ運営1年目の教科書~ブログ関連書籍も紹介してます - ポジ熊の人生記

これを順番にやっていけば間違いないです。

これをやる前は何も書いてない日は1日10~20PVとかだったんですけど、カスタマイズしたら書かなくても最低でも50PVくらいはいくようになりました。

カスタマイズやべぇ

しかもカスタマイズって楽しいんですよね。

パソコンはよくわからないんですけど、コードをコピペするだけで見た目が簡単に変わっていくんですよ。

コードを公開してる人達はパソコンの神様かなんかなのかな?本当にありがたいです。

それらをポジ熊さんがキレイにまとめてくれているおかげで、本当に簡単です。

 

 読まれている記事

今このブログで読まれている記事は

ゆずのこの記事と

yonksy.hatenablog.com

 

フォトスタジオのこの記事と

 

yonksy.hatenablog.com

 

 

障害者イベントについて書いたこの記事です。

 

yonksy.hatenablog.com

 

1番一生懸命書いたのはこの障害者イベントについての記事で、この記事が1番シェアされました。

140回以上!一生懸命書いた記事がたくさんシェアされると素直に嬉しいです。

 

ただ1番星がついてるのはこの記事だったりします。

 

yonksy.hatenablog.com

 

 

これからはもっと取材系の記事とか書きたいです。

こないだ見たヨッピーさんのやつみたいなの素晴らしいと思いました。

「国境なき医師団」って有名だけど、実際どんな組織なの? 現地で活躍する日本人に聞いてきた - イーアイデムの地元メディア「ジモコロ」

昔から国境なき医師団って世界一かっこいいなと思ってたので、これを見つけた時はめちゃめちゃ興奮しました。

 

取材して自分の為になってたくさん読まれてってもう最高ですよね。

どうしても普段の事や過去に経験した事になってしまうので、取材しに行ったり調べたりした記事を書いていくようにしたいです。

 

 

 

他人のブログを意識し過ぎない

はてなブログをやってると、ブログを始めてすぐに人気になる人を見ます。

そう言う人のを参考にするのはいいんだけど、それに比べて俺のは駄目だな、、こんなショボイこと書いたってしょうがないな。。とか気にしすぎるともう全然楽しくないので意識しすぎるのは辞めることにしました

1万回も読んでもらえるなんて、すごいじゃないかと。

少しではあるけれども世の中の役に立ってるはず。

自分の書きたいことを書いて世の中の役に立ってて、最高じゃんと思います。

そもそも人生って何をしたところで上には上がいるわけで、

本当に人生をかけてやりたいこと以外は比べても大抵幸せになれないですよね。

目標に向かうことは素晴らしいことだけど、比べるべきは他人じゃなくて「過去の自分」です。

なんかたまに、このおっさん努力してこなかったんだろうな。。っていう全然成長してないしこれからもしないんだろうなって人いますよね?

そういう風には本当になりたくないから、自分のことを嫌いにならないように、好きな自分になれるように頑張っていきたいなぁと思いました。

 

ブログ書くより読むのが面白すぎる件 

いやもう、はてなブログまじで面白すぎるんですよ、読むのが。

つまり正しく言えばはてなブックマークが面白いんですね。

日本中の人がいろんなサイトで読んで面白い記事が上がってくるんだから面白いに決まってますよね。

 

特に面白かった記事を貼ってみます。

izoomi-momo.jugem.j

 

いやなんだこれ面白すぎるだろ。。

心に刺さりすぎる。

時短とかライフハックとかって、やっぱり本物じゃないんだよなあ。。

もっとちゃんと人生と向き合わなければならないなと思いました。

 

note.mu

はっとさせられました。

こういう見方もあるのだな。。と

仕事でブツ撮りを結構するけど、決まりものというかパターンがどうしても出来てしまってます。

「これがいいものだ」というゴールがプロ同士である程度共通しているしそれはもちろんクオリティ位が高いものだから文句も出ないんだけど、その枠から出ないと新しいものは生まれないんだよな、、、

 

 

togetter.com

 

これは考え方として大事だなと思います。

正直意識はしていたつもりだけど、心に刻みたいなと思いました。

ただ喧嘩するのって必ずしも悪いことではなくて、お互いを理解するのに必要なステップだと思っているので、相手のことは尊重しつつも、喧嘩はしていこうと思います。笑

 

こういう面白いのって正直書ける気がしないですけど、何にも書いてないでいきなり書けるものじゃないだろうし、ずっと書いていけばいつかこういう面白いのも書けるようになるんじゃないかなと思うので頑張ろうと思います。

 

今の時代、誰でもこういう風にブログだったり写真だったりで表現できて見つけられるチャンスがあるので面白いなあと思います。

 

正直子供が生まれて時間が取りにくくなってますけど、自分のペースで書いていこうと思いますのでこれからもよろしくお願いします。

 

世界一周の反対語は「育児」である

 

その昔、マザー・テレサが言った。

 

「愛情の反対語は、無関心です」

 

、、、深い!

 

では、世界一周の反対語は何だろうか。

 

家でひきこもり?

 

いやいや違う。「育児」である。

 

そう思ったのは世界一周と育児のどっちが楽しいか?と考えていた時のこと。

 

うーん、これはどうやら反対だぞ!

 

世界一周の楽しさ

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世界一周は楽しい。

旅自体が楽しいのもあるけれども、とにかく「時間」がたくさんある。

社会人の長い休みって7連休とか10連休だと思うけど、なにせ365連休だ。

 

今日何をするのか。何を食べ、どこで寝るのか。明日はどこにいるのか。誰と出会うのか。

普通に暮らしていればある程度予測出来ることも、旅中は全く予想が出来ない。

旅は究極の自由といえる。

知らない街を歩いて、知らない人と出会って。

知らない食べ物を食べて、知らない文化に触れて。

一人寂しく本を読んで。うるさくて眠れない相部屋で寝て。

起きると知らない人がいて。会話をして一緒に出かけて仲良くなって。

格好はどんどん汚くなって。食べ物も適当になって。酒ばかり飲んで。

暇だからなんとなくスキューバダイビングのライセンスとたり、よくわからない山を登ったりもした。

 

旅をしていた時、なんとなくマトモな未来は待っていないだろうな、と思った。

こんなひどい生き方をしていて、日本でまたまともに暮らそうなんて、おこがましい。

ふと将来の事が不安になる。

帰ってから日本で仕事はあるのだろうか。結婚出来るかな。仕事がなければ結婚なんて無理だろうな。親を悲しませるのは嫌だな。どんなキツくても給料安くてもちゃんと働こう。結婚はまあ、したいけど、難しいかもな。子供は今は想像出来ないけど無理だろうな。だっておれは凡人だし。特別スキルがあるわけでもないし。とりあえず、最低でも親に迷惑はかけないように生きていこう。

そんなことを考えていた。

 

世界一周は、全ての責任から逃れることだと思う。

旅人なんて聞こえはいいけども浮浪者だし、社会のなんの役にも立っていない。

 

だけど

 

それが何だというのだろう?

楽しい。とても楽しい。

自分の人生なのだから、自由に生きて何が悪い。

体中が、細胞が喜んでいるのがわかる瞬間がある。

人は、社会の為に生まれてきたわけじゃない。

自分の為に生きるんだ。

自分の人生を生きる為の最高の方法が、

世界一周」だ。

 

世界一周の辛さ


世界一周は楽しいと言ったけれども、楽しい事ばかりではない。

だいたいの時間は一人だし、寂しい。

「しなければいけないこと」がなにもないというのは、それこそが自由なのだけど、これがずっと続くとなかなかに辛い。

 友人達が真面目に働いて色々身につけているのに、自分は何をやってるんだろう?

詐欺師とか嫌な奴にも会う。

心が疲弊する。

そんな日にシャワーが水しか出ない。

おれは、なにをやっているのだろう。

楽しい事がたくさんあるからこそ、その反動も大きい。

 

 育児の楽しさ

そして、育児。

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考え方として正しいかはわからないけど、

人間の子供を育てる、なんて超面白い趣味だと思う。

植物を育てたりするより明らかに面白い

かかるお金もリスクも半端ないけど、子供がすごい有名人になるかも知れないし、お金持ちになるかも知れない。

まだ赤ちゃんだから話せたりはしないけど、こっち見て笑ったりしたらもう死ぬほどかわいいしめちゃめちゃ幸せな気分になる。

家の中が明るくなる。

  

子供が出来ると家の中がとても価値のある時間になる。

毎日、とても早いスピードで成長していく。

これから何を教えよう。どんな子に育てよう。

この子とどこに行き、何を見よう。

自分にとっては長い人生の1日だけど、この子にとっては人生の100分の1以上の長い長い1日だ。

体がどんどん大きくなる。

目を離したら見逃してしまうほどのスピードで。

いろいろな事が、子供優先になる。

 

自分の中心が、自分ではなくなっていく。

 

 

子育ての辛さ

育児は楽しい。

 

その代わり、自由を失う。

 

気軽に飲みにも行けないし、映画にも行けないし、ロックフェスにも行けない。

1人旅なんてもってのほかだ。

 

 

育児は、責任が伴う。

ご飯をあげないと死んでしまうし、ちゃんと教育も与えなければならない。

毎日お風呂に入れて、ミルクをあげて、抱っこしてあげなければならない。

とてもか弱い存在で、抱っこから落としたら死んでしまうのではないかと思うほどか弱い。

寝息が静かすぎて、ちゃんと息してるのか心配になる。

疲れているときに世話をするのはしんどい時がある。

 

お母さんはさらに大変だ。

夜も授乳しなければならないからあまり眠れないし、赤ちゃんにつきっきりになってしまう。

子供が生まれた瞬間からお母さんになり、お母さんに休みはない。

 

 まとめ

 

世界一周は究極に自分を楽しむことで、

育児は究極に他人を楽しむことだ。

 

本当の意味での楽しい事とは、

めちゃくちゃに心が揺さぶられることだ。

 

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辛いことがある分、楽しい時は死ぬほど楽しい。

穏やかな幸せも、とても幸せだけど、やっぱり心が踊る瞬間が欲しい。

 

日本で家庭を持って、世界一周より自分を楽しむのは、なかなか難しい。

だが愛する嫁と子育ては、大変だけどその分楽しい。

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子育てしないで夫婦で暮らす楽しさもあると思う。

その二人でしかたどり着けない楽しさもあるだろう。

子供をもつよりも深くお互いを理解できるかもしれない。

 

「楽しい」にどちらが1番とか2番はなくて、ただ違う楽しさがあるだけだ。

 

これからも、ただ楽しく生きていきたい、と思った。

 

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yonksy.hatenablog.com

 

yonksy.hatenablog.com

 

 

 

またいつか、どこかで。

 

またいつか、どこかで。

 

海外を放浪していた頃、よく言っていた言葉。

 

日本で暮らしているとあまり言う機会の無い言葉だ。

 

 

ひとりで旅をしていると、別の一人で旅をしている人と行動を共にすることがある。

 

お金が無いバックパッカーは安いバスに乗り、安い宿に泊まる。

 

泊まるところはドミトリー。いわゆる相部屋だ。

 

短期で来ているいわゆる「旅行者」にはあまり会わず、

長期で滞在している「旅人」と出会うことが多い。

 

長期で滞在していると、予定が無い。

あることもあるが、なんとなく決めているにすぎない。

 

同じ部屋にいる人に話しかけて、今日行こうかと思っている場所について話す。

 

行きたいところが一致すれば一緒に行くし、

一致しなくても一緒に行くこともあるし、

一致しても一緒に行かないこともある。

 

一緒に行動すると、だいたい夜まで一緒なことが多い。

 

無論、夜は飲む。また違う人が部屋にいれば、その人とも。

 

今までの人生の話、旅の話。世界の話。

人生を交換する時間だ。

 

仲良くなっていれば翌日も行動を共にする。

3、4日一緒にいることはざらで、下手をすれば何週間も一緒にいることもある。

ワーホリなんかだと何ヶ月も一緒なこともある。

 

そして、どちらかがその国を去る時間が近づいてくる。

 

明日からはまた、お互い知らない場所に旅立つ。

 

 

 

またいつか、どこかで。

 

 

 

あれだけ飲んで、仲良くなったのに、もう、会わないかもしれない。

 

あれだけ仲良くなったのだから、また会うのかもしれない。

 

Facebookを交換することもあるが、しないこともある。

 

忘れられないくらいくらい語り合ったけれどもFacebookを交換していない人もいれば、

なんとなくFacebookを交換した人もいる。

 

日本人以外だと、普通に考えたらもう会わないだろうという人もいる。

 

数週間一緒だった人に、泣きそうになりながら言った。

 

 

 

またいつか、どこかで。

 

 

何ヶ月も一緒だった人と別れて、声にならないほど泣いた。

 

 

 

別れの数が人生を豊かにしてくれた。

 

あの時のあいつは元気だろうか。

 

あの時のあの娘は、元気だろうか。

 

繋がらないから、いいのかも知れない。

 

もうきっと会えないから、いいのかもしれない。

 

 

もう会えないとわかっていながら、

 

それでも、あなたとまた会いたい、という気持ちを込めて。

 

 

 

またいつか、どこかで。

 

 

 

旅先だけの話ではない。

 

もし会えるのなら、すぐにでも会いたい。

 

だけど遠くに住んでいて気軽には会えない。

 

距離的に近くても、生活の違いから遠くになっている人。

 

 

もう二度と、会えない人。

 

 

会うことが、必ずしも関係を良くするわけでは無い。 

 

そのままの方が、いい関係もある。

 

 

会えなくても、ただいてくれるだけでいい。

 

 

楽しく暮らしているのなら、それでいい。

 

 

楽しかった時間は、永遠に消えることはない。

 

 

また会いたい人と思える人がいること。

 

 

それは、とても幸せなことだと思った。

 

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子供の死を願うこと。

親が子供の死を願うことなんて、あるのだろうか?

自分はないだろう、と思っていた。

ただそれは、何も知らないだけだった。

もし、子供が重度の障害を抱えていて、その子が苦しそうだったり、一日中泣いたりしていたらどうだろう。

子供の世話のために、どこにも出かけられなかったらどうだろう。

 障害に関わるイベント

先日、障害と向き合う団体のイベントに行ってきた。

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主催者はシェアハウスの友人で、ロンドンで産婦人科医として胎児医療を勉強している。

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胎児医療とはお腹の中にいる赤ちゃんを一度取り出して治療してまた戻したりすることを言うらしく、日本ではあまりまだメジャーではないけれども海外では行われているらしい。これを聞いたときはそんなことができるのか、と驚いた。

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そのイベントには障害と向き合う団体の方たちや、障害者のご家族をもつ家族の皆さんが参加していた。

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自分は写真を撮って欲しいということで招待してもらった。

忘れられない1日になった。

 

ここから先は、もしかしたら障害を持つ方には失礼なこともあるかもしれないけど、思ったままを書こうと思う。

 

イベントに参加することになって、自分はまず「参加していいのだろうか」と考えた。

自分は障害を持っていないし、家族に障害者もいない。

仮に自分がもし障害者だったり障害者の家族だったら、同じ障害をもつ人や関わりがある団体はいいけど、そうでない自分みたいな人に参加して欲しいとは思わないかもしれない。

 

正直に言えば障害者は怖いと思う部分もあるし、かわいそうだという気持ちもある。

差別的なのかもしれない。

ただ誤解を恐れずに言えば、僕は「障害」に興味があった。

障害を持っている人はどんなことを考え、暮らしているのだろう?

とにかく知らないことだらけだ。

そして、なぜかはわからないが、「自分の子は障害を持って生まれてくるのではないか」という予感があった。

自分の子が生まれて一ヶ月くらいになるが、今の所その様子はない。ただこれから発覚する可能性もなくはないだろう。

 

きっと多くの人は、「自分の子が障害を持って生まれてくる」ということを想像すらしていない。

知識としては知っているけれど、「うちの子に限ってないだろう」という考えだ。

ただ、現実には何%かの子供が障害を持って生まれてくる。

そして、当然日本には障害を持っている人がたくさんいる。

身体障害、知的障害、精神障害の3区分で障害者数の概数をみると、身体障害者393万7千人、知的障害者74万1千人、精神障害者320万1千人となっている

これを見たときこんなにいるのか、と思った。

普段生活をしていてあまり会う機会がないため、もっと少ないと思っていた。

この障害者にあまり会う機会がないというのも、何か不自然なように感じた。

 

今回のイベントはNPO親子の未来を支える会という団体が主催している。

「ゆりかご 」というマッチングサービスを最近進めている。

prtimes.jp

 詳しくは記事を読んでいただければと思うが、障害者の家族同士や医者を繋ぐマッチングサービスだ。

最初に聞いて思ったのは、ああそうか、悩みとか共有したいんだろうなぁ。ぐらいだったが、その重要性をイベントで知ることになった。

 

その参加したイベントで、重度の障害をもったお子さんを育てていた佐々百合子さんにお会いした。

その方の本を読んだので、紹介したいと思う。

改めて自分の人生を考えるきっかけになった。

子育てをしている人、する予定の人は是非読んで欲しいと思う。

 

 

詳しい内容は読んで欲しいのであえて書かないが、普通に暮らして普通に妊娠して普通に出産を迎えた家庭が、重い障害を持って産まれた子供を持つとどういう生活になり、母親はどう思うのかが、リアルに描かれている

どうしても僕らは違う世界の事として考えてしまいがちだが、誰でも障害を持った子供を持つ可能性がある。

この本の素晴らしいところは、障害を持った子供が産まれたけどハッピーだよ、みたいな薄っぺらいものではなく、障害を持つと本当に地獄だし本当に辛かった、とただ言うわけでもなく、とにかく大変だし本当に辛いけど辛いばかりじゃない、ということを教えてくれるところだ。

さらに、実際に障害児と暮らしていると日本ではこんなに不便な事があったりするんだという、僕らが普通に暮らしていれば知りえないことも学べた。

その中で書いてあったのは、とにかく情報が少ないということ。精神的にも追い詰められた時に救いになるのは友人であり、さらに同じような境遇にいる人達同士で繋がれることで、本当に救われたということ。

その救われたというのも、それが無かったら自殺していたかもしれないというレベルの話であり、人との繋がりが本当に本当に大切であることが伝わって来た。

実際、障害者を家族にもつ家庭が心中をしてしまうケースが多くあると聞いたことがある。

そういう意味ではゆりかごは、本当に有意義なサービスだと思う。

 

本の最初で、佐々さんが障害児を持つ前にボランティアで障害者がいる家庭を回っていたらしいが、その時に相手側の気持ちを考えていなかったことを反省している。

自分が気持ち良くなりたい為のボランティアなら、いらないのだ。

そういう意味では、障害者の為のボランティアは難しいと感じた。

だが、そこで距離をとってしまっていいのだろうか?

もっと勉強して、障害者をもつ家庭の声に耳を傾ければ、役に立てることはあるのだと思う。

ただ考えてはみたものの、浮かんでこない。

例えば震災のボランティアであれば瓦礫の片付けだったり現地にお金を落とすなりでわかりやすいけども、障害者に対するボランティアとなると、なにかできることはないかと思っても、簡単には浮かんでこなかった。

そもそも、被災地はボランティアを必要としているだろうけど、障害者の方やその家族はボランティアを望んでいない可能性もある。

必要なのは国の制度だったり、支援してくれるNPOだったりするのが現状だと思う。

 

よく普通に障害者と健常者を区別しないで接するべきという意見もあるけど、それは無理だと思う。

それがみんな出来るなら理想かもしれないけど、やはりそれは理想論だと思う。

綺麗事を言うのは簡単だが、どれだけの人がそうできているのだろう。

そもそも、ぼくらは接する相手が女性か男性かで「区別」するし、日本人か外国人かで「区別」するだろう。

区別するのは悪いことではない。

世界には自分と違うものや人がたくさんあって、それを同じものとして扱うのではなくて、区別した上でその多様性を受け入れる、もっと言えば違いを楽しむべきなのではないかと思う。

当たり前だが障害を持っている人にも魅力的な人もいれば、そうでない人もいる。

健常者でも同じだ。

障害者でも健常者より魅力的な人はたくさんいるのだと思う。

 

表紙にも書いてあるが、佐々さんは障害児であるナオくんを亡くしている。

その経験から、NAOのたまごという団体を今立ち上げ、様々な活動をなさっている。

 

イベントではナオくんの発作の様子の動画を見た。

ナオくんは発作の為に一日中泣いているか発作が起こるかを繰り返すような状況の時もあったらしい。

うちには今生まれたばかりの赤ちゃんがいるが、日中それなりに泣く。

それだけでもストレスに感じるのに、それがずっとだとしたら、本当に大変だと思う。

正直に言えば、自分の子供がナオくんのようにはなってほしくないし、もしこれをみるのが子供を授かる前だったら、子供を授かること自体を躊躇してしまっていたかも知れない。

だけど、佐々さんはナオくんの後にも子供を産んでいる。

とても勇気がいることだったと思う。

その辺りの心情は本を読んで欲しいと思うが、

自分が感じたのは、障害児が生まれるかもしれないからといって子供を諦めるのは、やはり間違っているということだ。

僕らは内心、障害児を持つ家庭は不幸だと思っている。

ただ、本当にそうなのだろうか。

よく考えずにそう思っているだけではないのか。

ナオくんがこの世界に残してくれたものは、とても意味があるものだった。

ナオくんを授かっていなければ今の佐々さんはいなかっただろうし、その後のお子さんにも会えてないかもしれない。

それに辛いこともたくさんあったけど、気付きも、幸せも、たくさんくれたのだと思う。

普通に健康な子が産まれてくればそれはそれで幸せだろうし、障害児だったとしても、生活がとても大変になったとしても、必ずしも不幸では無いのだと思う。

ただ本当に辛いのだろうと思うのは、お母さん達が「健康に産んであげられなくてごめんね」という気持ちを持つことだ。

当然母親が故意にそうしたわけでは無いのだから、仕方のないことなのだけれども、理屈ではない悲しみがあることを想像して、胸が苦しくなった。

 

障害があれば、不幸なのか?

 

障害を持って産まれたけれども、たくさんたくさん愛情を貰って一生を全うした子供と、普通に健康に産まれたけど、親に愛して貰えなかった子供は、どちらが不幸だろうか

 

子供が障害者だと言うことがわかって堕ろすことにしたが、一生それを抱えていく家族と、障害者とわかってても産んで苦労をしながらも育てている家族は、どちらが不幸なのだろう。

 

幸せの形は人それぞれであり、当事者になってみないとわからない。

周りから見て幸せそうであっても幸せでなかったり、不幸せに見えても幸せだったりする。

 

佐々さんの本を読んでもう一つ気付かされたのは、障害を持った子達に目を向けるのはもちろんだけれども、その家族にも目を向けるべきだということ。

 

現実問題として障害を持った子供を持つと、親は世話に時間をとられる

やりたいことを諦めなければならない、というのはとても辛いことなのに、親なら当たり前として扱われてしまう。

 子供の世話がやりがいになることもあるのだろうけど、昔からの夢などがあった場合、それを諦めるのは当たり前なんかでは決してないと思う。

障害者の親もまた、支援が必要なのだと強く感じた。

本によるとそういう支援も少なからずあるようだが、まだ足りていなく、家族のQOL(生活の質)も大事にすべきだと思った。

障害者の方の立場からすれば、自分によって家族が大変そうなのを見ることも辛いことだろう。

 

 

まとめ

障害を持つこと、あるいは障害者の家族になるのは誰にでも起こることであり、そしてそれは誰の責任でもない。

日本と言う国は恵まれていると言うが、障害者に対する取り組みは他の先進国に比べてもまだまだ足りないと感じた。

海外ではノーマライゼーションと言って、障害者を閉じ込めるのではなく、自立するように支援する方向で動いているらしい。

正直自分の知識がないためまだよくわかっていないが、そのような施設がたくさんできたら日本も変わっていくのだろう。

障害者の人も活躍できるような社会になれば、偏見も無くなっていくだろう。

 

正直に言って、健康で恵まれているのに面倒くさいとかいって働かない人達は支援なんかしなくていいと思っている。

努力すれば自分で解決出来る人達は、自分でなんとかするべきだ。

ただ、努力でどうにもできない人達には、支援をするべきだと強く思う。

 

自分さえ良ければいいと考えることは貧しいことであり、自分は、周りの人も幸せな社会で暮らしたい。

すべての人とは言わないが、平等であってほしい。

 

国がやってくれるのを待つのではなく、自分が出来ることを探していこう。

今後もこういったイベントに参加して写真を取り、それを広めることで少しでも役に立てたらいいなと思っている。

僕らができるのは、例えば街で車椅子の方を見けたら何か手を貸すとか、そういう些細なことでもいい。

電車の中で一人でよくわからないことを話している人も、それは障害だったりすることが多いことを理解するとか、そういうことも大事だ。

 

それはそれとして、障害者のリアル×東大生のリアルという本を読んだが、障害者があっても人生をとても楽しんでいる人達がいて、

幸せというのは自分の生きかた次第なんだ、ということを心から感じた。

健常者でも不幸な人はたくさんいる。

努力すれば誰でも幸せになれる、そういう世界になってほしいと思った。

 

あなたは、わが子の死を願ったことがありますか?